壁にぶつかった時、どうします?

アクションは2つ

仕事や人生や勉強や資格の取得とかでどうも上手く行かないとなった時、どうしますか?アクションは大きく分けて2つあると思います。

  1. もっと努力する(やり方の再検討含む)
  2. スパッと諦めて壁そのものをよけて通れないか考える

私の場合、学生時代と社会人になってしばらくは前者だったんですが、年齢重ねるにつれて後者にシフトしていった感じです。

日本社会は努力を美化しすぎ

どっちのアプローチも大事だと思います。だけど、日本の学校教育とか社会の風潮って前者の方にしかスポットライトを当てていない気がします。限界まで逃げずに努力を積み重ねること、何があっても努力を続けることがやけに称賛されます。それで最終的に結果が出なかったとしても、

頑張って失敗した経験が大きな財産になるはず!

という感じで太鼓判押されます。別にそれが間違っているとは思いません。

バットを構える野球選手
高校野球中継とかめっちゃこのノリだ

ですが、これが過度に称賛されるせいで、一定の努力してダメだったのなら壁を避けるのだって有力な選択肢なのに、そういう選択には「逃げた」と否定的な評価が下ってしまう風潮はいかがなものか。

本来、努力なんてのは結果を出すための手段に過ぎず、問われるのは結果を出したかどうかであって努力したかどうかではないはず。逃げて別の分野で結果出したなら、逃げずに努力して最終的にダメでしたってなるより本来は評価されていいはずです。

こういう風潮を鵜呑みにしたせいで、人生が凄い勿体ないことになっている人も多い気がします。

と、三十路に突入したあたりからしみじみと思うようになりました。

ダメだと悟ったら撤退するのも大切

人間には、見た目や身体的特徴も含め、能力や適性に必ずバラツキがあります。一定の努力しても成果が出なかったということは、少なくともその人はそのミッションには適正がない可能性が高い。

もっと努力したら壁を越えられるかもしれないけど、そのためには時間や労力という人生のリソースをさらに投入していかないといけません。

その努力があと少しのものなら、そのまま努力すればいい。当然そういう場合もあります。ですが、基本的にはそんなのやってみないと分からない。

追加投入する人生のリソースがズルズルと積み重なってくると、「壁を越える」という一定の売り上げを出すための原価がどんどん膨らむことになります。こうなると、努力の末に壁を越えたとしても、それ以上のものを失って赤字でした…となりかねません。最悪の場合はコストかけまくっても壁を越えられず、人生の減損処理が必要になります。

損益分岐点の図を描いた黒板
努力にも損益分岐点がある

その時間や労力を成果出やすい得意分野や他人が目を付けない穴場分野に突っ込んでいたら、その人の人生は大きく変わっていたんじゃないの?と私なんかは思う訳です。

人間、元々持っている適正や能力の問題で、逆立ちしても越えられない壁って確実に存在します。極端な例ですが、非モテたる私がジャニーズのタレントに努力したらなれるのか?といったら確率はほぼゼロだろう。

限界まで努力して失敗した経験も役に立つ

まあ、それが分かったのは多大なリソース突っ込んで限界まで努力しても失敗した経験が自分にもあるからなんで、「頑張って失敗した経験が大きな財産」というのはあながち嘘ではないんですがね…。

私だって、元の頭が悪いせいか受験ではいくら頑張っても一定レベル以上の成績は残せなかったし、20代前半のころはマトモなリーマンになろうと努力したけど、人と接するのが苦痛過ぎて、人の気持ちが理解できなさ過ぎて挫折しました。確かに頑張って失敗した経験は生きていますね。一定の努力してダメならすぐ諦めた方が良いんだって教訓が得られたんで。

これを学習性無力感って呼ぶんじゃないかと思わなくもないが…。

私の基本方針

私は無能だし、サラリーマンとしての適正もありません。だから、

大学出る⇒就職してサラリーマンになる⇒定年まで

という、みんなが歩もうとする王道コースの正攻法では勝負になりません。椅子取りゲームになってる現代社会では特に。これからも他人が目を付けない穴場を突くゲリラ戦をやっていく所存です。

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