「無敵の人」は必ず社会に牙を剥く

2022年7月29日

こんにちは、そしてこんばんは。窓際投資家です。

今日のテーマは最近話題の?「無敵の人」です。

ぶっちゃけ、私は暗黒の10~20代を送って来た人間なので、「無敵の人」とまでは行かなくても、その小型版だった時期があります。

ここ最近、この「無敵の人」が犯罪にちょくちょく走るケースがあるようですが、こういうニュース見るたびに、自分の同類が犯罪やらかしてる感じがして仕方がないです。

「無敵の人」の気持ちは良く分かる

まずは「無敵の人」の定義から。

無敵の人(むてきのひと)とは、社会的に失うものが何も無いために犯罪を起こすことに何の躊躇もない人を意味する、2008年頃に西村博之が使い始めたインターネットスラング。

引用:無敵の人 (インターネットスラング) – Wikipedia

因みに…私はひろゆき氏はそう嫌いではないです。

言ってること全部正しいとは思わないけど。

(ただ、「論破」とかはやし立ててる近衛兵みたいな取り巻きは大嫌いです。)

で、そのひろゆき氏によると、失うものが何もない状態の人の多くは自殺を選ぶのだそうだけど、そのうちのほんの一部の人は社会に対して牙を剥いてくるんだとか。

「どうせ死ぬのなら、憎い奴らを巻き添えにして死んでやろう」

ってな感じで。

これに関しては、本当にそうだと思います。

新幹線や関東の私鉄の中でテロ行為っぽいことやっちゃう人が最近もいたし、京都アニメーション爆破したのもそうだし、先日、安倍さんが襲撃されたのもそうなんですかね??

私なんかは、今でこそ、そこそこ幸せを感じて生きられるようになりましたが、学生時代とか20代の頃とかはマジで暗黒時代でした。

だから、この手の事件を起こす人の気持ちは本当に良く分かります。

まぁ…私なんかが

「無敵の人だった」

なんて言えば少々盛り過ぎでしょうけどね。

さてここで、簡単に私の10~20代の話をしておこう。

コミュ障で運動神経がクソ悪くて鈍くさく、かつイマイチ空気が読めないので、学生時代はずっとスクールカーストの最底辺。

小中学校の時はしょっちゅういじめの対象にされたし、高校や大学に上がってからも、イジメられたりはしなかったけど、後ろ指は指されてましたね。

社会人になってからもそれは続き、上司や先輩とまともにコミュニケーションが取れなかったり、ズレた感性で仕事を進めて呆れられ、社会人2年目で仕事を干されるという快挙を成し遂げます。

その癖、中途半端に空気が読めて気にしするところだけはあったので、常にメンタルはズタズタでした。

当時は

「何のために生きているのか分からない。」

「この先、生きててもどうせ苦しいだけ。」

「自殺は怖くてできないけど、病気や不慮の事故でさっさと死ねたら、それもアリかなぁ…」

なんてことずっと考えていました。

そんな状態でしたが…

財産を築くことができたことで、少しは自分に自信が持てるようになったり…

「できないものはできない」ってどこかから開き直ってしまったり…

偶然にも嫁さんと出会って結婚できたり…

そんなことの積み重ねで、30代に入ってからは少しは人生がまともになってきて今に至る感じです。

なので、本当に「無敵の人」の気持ちは良く分かります(2回目)。

実際、自分自身も20代のころは

「核爆弾落ちてきて、日本が吹っ飛んだらいいのに」

「こんな会社潰れて、全員路頭に迷えばいいのに」

こういうことを割とマジで思っていましたから。

犯罪行為だけではない!社会への復讐

さて、ひろゆき氏に言わせれば、「無敵の人」の

「ほんの一部が社会に対して牙を剥いてくることもある」

とのことです。

人生に絶望してた時期があった私に言わせれば…

一部どころか、ほぼ全員牙剥いてんじゃね?

と思ってしまいます。

というのも、「牙を剥く」というのは何も犯罪行為に限ったことではないからです。

例えば、私なんかは本当の意味でのサイレント・テロをやって今も牙を剥き続けてる感じです。

小中学生のころの私をイジメていたような奴らって、全員ではないけど地元の工業高校や商業高校行って、高卒で地元企業に就職したようなのが多いです。

大学出て総合職になってるようなのは、あまりいません。

で、自分が社会人になって似た属性の人に会った時、イジメられた体験を重ねてその人を見ちゃうんですよね。

この人に直接何かされた訳じゃないけど、この人も昔はロクな学生じゃなかったんじゃないか?

他の誰かをイジメてたんじゃないか?

って。

こんな調子なんで、リーマンショックが起きて、自分が働いていた会社で高卒非正規がガンガン首になった時も、あんまり同情的になれなかったのを覚えています。

そして、今でもインターネットとかでこの手の「社会的弱者の生活が苦しい」…的な記事を見ても

「そんなの自己責任じゃないか?」

「何で税金でこんな奴ら助けなきゃならんの?」

と思ってしまうんです。

極めつけは、選挙の時に、格差是正や分配政策をかかげる政党や候補には投票しないことだろうな。

そりゃ、イジメられた体験だけで政治的好みが決まった訳でもないと思いますが、嫌な体験から影響は受けてると思いますね。

あとは、非モテ&コミュ障として後ろ指さされた大学時代の体験から、リア充敵視傾向もあり。

特に、20代のころは幸せそうなカップルやファミリーなんて、ぶっちゃけ敵でしかなかったですよ。

自分は絶対にああはなれないのに、自分の払った税金で「子育て支援」と称して色々施し受けられるなんて不公平だなって。

その他、上述したように、幸せそうにしてる人見るのが辛くて

「会社潰れろ」

さらには

「日本終われ」

です。

働いてた会社や日本の悪いニュースに対して何も思わないばかりか、「道連れにできる人が増える」って喜んでたんですよね。

こんな感じで。

いやぁ…会社にとって、社会にとって、こんなのがいてプラスのハズがないでしょ??

でも、感情が拗れてこんな感じになってる人って案外多いんじゃないだろうか?

こういう人が増えちゃうと、社会全体で足の引っ張り合いが始まってしまうと思うんですよね。

実際にそうなってきている感じで、ここ最近の政党の選挙公約を見ていても、

「良い思いしてる人を引きずり降ろします」

「カネあるなら寄越せ」

みたいな話ばかりが並んでいる気がします。

「無敵の人」はいなくならない。それでも知っていて欲しいこと。

正直な話、人間が社会的な動物である限り、イジメや疎外って絶対になくなりはしないと思います。

「仲間を仲間であると認める」

ということと

「仲間以外の人を何らかの形で排除する」

って話は、もうセットなんでね。

例えば、子供が

「このゲーム機、お前にだけ貸してやる」

と友達に言うってことは

「他の子には貸さないからね」

と言う形で他の子を排除してるのと同じこと。

「仲間や友達を作る」ことと、「それ以外の人を排除する」ってことはセットでイコールです。

だから、文部科学省や学校の先生がどんなに頑張ろうと、子供を学校に集めて教育してる限りはイジメって絶対になくなりません。

社会人になってからも、資本主義社会である以上、そして、人間の適正や能力にバラツキがある以上、必ず社会的地位に優劣はつきます。

でも、これを否定してしまったら、行きつく先は共産主義国家。

資源の最適配分はできなくなるし、誰も汗流して働かなくなります。

故に、イジメ、疎外や格差って絶対になくなりはしないものだけど、これが「無敵の人」を生むんですよね。

ひろゆき氏は対策としてベーシックインカムの導入を主張してるらしいですが、どっちかというと承認欲求の問題が大きいハズで、お金渡して解決される話でもない気がします。

じゃ、どうすんねん?

と言われたら、私は分かりません(爆)

ただ…

こういう目に遭った人は、後々高確率で社会に対して牙を剥いてきますよ。

犯罪行為やる人はほんの一部でも、多くの人は静かに牙を剥いてきてますよ。

どん底味わった人間の1人として、それだけは知ってて欲しいなと思いますね。

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