幼稚園からハードモードだった社会不適合者の人生
こんにちは、そしてこんばんは。窓際投資家です。
今日は、私が社会人として、本当の意味で最初に躓いた時の話と行きたい。
前にも何度か書いてきたと思うんですが、私の場合は幼稚園ですね。
新卒で入った会社じゃありません。
ある意味で本当の社会人デビューじゃないですか。幼稚園や保育園って。
私はそこからダメでした。
私は幼稚園児の頃から「幼稚園行くの嫌だ」って言ってましたよ。
特に、今の時期…8月も末になってきて、もうすぐ夏休みが終わる…って時期になると、滅茶苦茶憂鬱でした。
8月31日に泣いてしまったこともあった気がします。
(注:8月31日は子供の自〇が1年で最も多い日らしい。)
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、私は3歳の時点で既に社会不適合者でした。
「一緒に遊ぼうハラスメント」が嫌だった
幼稚園いたときは、特に虐められたりとかはなかったと記憶してますが、とにかく同年代の子供が数十人~百数十人集まる場所に行くのが苦痛でした。
何せ、当時から集団生活や集団行動が大の苦手でしたから。
特に嫌だったのは、「『一緒に遊ぼう』ハラスメント」かなぁ…。
当時から私は友達欲しいと思わない派で、いつも1人で遊んでいた方が楽しかったのですが、他の子が仲の良い友達と遊んでいる中、ポツンと1人でいると、大体先生がやってきて…
「1人なの?」
「友達はいないの?」
「誰かと遊ばない?」
…と事情聴取が始まり、やがてその辺で遊んでる子に頼んで、その遊びの輪の中に、私を半ば無理やり突っ込む流れとなるのです。
きっと、こういうことが割としょっちゅうあったからでしょう。
いつもこのシチュエーションでやってくる先生はというと、若干困ったような顔。
私を遊びの輪にねじ込まれる周りの子も、少し困惑したような顔するんですよね。
先生にしても、周りの子にしても、「またか」ってところだったと思います。
空気の読めない私ですが、こういうビミョーな空気は子供ながらに感じ取っていました。
辛かったですね。
針の筵でしたよ、こんなの。
自分としては、別に「寂しい」なんて思ってなかったし、1人でいたいから1人でいるだけだったんですけど、それを言っても先生はいつも
「どうして?」
みたいなリアクションで、理解してくれませんでした。
このなんか…
友達作りたいなんて思えないのに、「友達がいない」という理由である種の辱めを受けなければならない
というのが嫌で仕方がなかったです。
そして、友達いないことが辛いのではなく、周囲から「友達いない可哀想な人」として扱われるのが、凄く辛かったです。
社会不適合者としての原点は幼稚園に
嫌なイベントはこれだけではなかったし、仮に嫌なイベントが何もなかったとしても、当時からお家大好きだった私は家から出ることそのものが苦痛でしたねぇ…。
そんなこんなで、幼稚園が嫌で仕方がなかった私は、
泣いて幼稚園バス乗車拒否 ⇒ ズル休みして母親を怒らせる
とかしょっちゅうでした。
こうやって社会人デビューで見事に躓いた私は、その後、「行きたくない場所」が…
幼稚園→小学校→中学校→高校→大学→会社→役所
と変遷していくだけ…という分かりやすい流れになります。
つまり、私の人生で延々と続く「〇〇行きたくない」の原点が幼稚園なんですねぇ。
小中学生の時は、不登校になりかかって家に籠城して、家まで学校の先生来たこともあります(爆)。
その時々で行きたくない理由は多少変わってきましたが、
- 集団生活や集団行動が嫌い
- お家大好き
って部分がベースにあるのはいつも一緒。
今も仕事に行きたくない理由のベースはこれです。
本人や周囲の人の努力でどうにかできる話じゃなかった?
こういう昔のことを思い出していると、
自分自身や周囲の人の努力や工夫で、自分は社会不適合者になるのを回避できたんかな?
と考えることがあります。
恐らく無理だったやろなぁ…上手いことやったら多少マシにはなったかもだけど…
というのも、もう入園した3歳とかで、この有様だったわけで…。
3歳って、ほぼ初期設定じゃないですか。
初期設定から問題抱えていたなら、自分自身も周囲の人も、できることなんてたかが知れてたんじゃないかと思うんです。
まぁそれでも、「『一緒に遊ぼう』ハラスメント」は、さすがにねぇよなぁ…って思うけど。
もうちょっと、子供の個性や適性を尊重するアプローチしてほしかったなぁ…。
だって、良くも悪くも普通の子じゃなかったんだから、普通の子へのアプローチで良いハズがないですよね。
仮に今の保育園でも同じようなことしてるんだとしたら、そんなところに自分の子供入れたくないな。