幼稚園選びやってて思ったこと
お疲れ様です。窓際投資家です。
今年の春から、上の子は保育所から幼稚園に移籍しました。
移籍するのも一筋縄では行かず、四苦八苦した感じだったので、今日はそのときの話やら思ったことを書いていきたい。
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移籍理由

今まで通ってた保育所に不満や問題を感じていたわけではないです。
むしろ、よくやってくれたと思ってるし、後ろ髪引かれる思いもあるぐらいです。
一番大きな理由は引っ越しを予定していること。
下の子が生まれて家族が4人になったことで、さすがに今の2DKでは手狭になってきたなと。
あと、子供が増えて育児や家事の負担が大きくなったので、何かあったときに私の両親の手を借りられると楽だねって話もあり、実家が隣の敷地に持て余してた空き家をリフォームして住むことになりました。現在絶讃工事中。
今住んでる場所から車で10分か15分の距離ですが、これまで通っていた保育所には通うのが難しくなります。
幼稚園なら幼稚園バスが家の前まで来てくれますしね。
また、お金に困ってるわけではないので、嫁さんはこのたびの育休は上限一杯まで取るつもりです。
であれば、幼稚園も選択肢に入ってくるよね…と。
あらゆる選択肢を検討

まぁ…幼稚園を選ぶ過程でも色々ありました。
市営の幼稚園、無数にある私学、有名大学附属幼稚園、果てはインターナショナルスクールまで…
あらゆる選択肢を検討しました。これが非常にしんどい作業でした。
私は元々、
子供の教育に関して、親が入れ込んでも仕方がない。
かけるお金だって、そこそこでいい。
との考えの持ち主。
ただ、うちにはなまじお金があります。
そのせいで嫁さんが色んな選択肢持ち込んできて、話がややこしくなってしまったんですよ。(←凄い迷惑そうな言い方ですね)
持ち込まれた以上は無下にもできず、全部一度は検討しました。
これが本当に大変だったし、ストレスフルな作業でした。
結果を言うと、最後は物凄くオーソドックスで尖ったところが何もない老舗の幼稚園になりました。
グルっと一周回って元の場所に戻る的な…
有名大学附属幼稚園の説明会で色々考えさせられる

一番私ども夫婦にとって大きかったのは某有名大学附属幼稚園の説明会に行ったときのことかな。
そこの園長が説明会にて、ここ最近の未就学児に勉強や習い事をやらせようとする風潮を、研究データ示しながらボロカスに批判してたんですよね。
幼児期にしっかり遊んでいた子の方が生涯賃金や社会的地位が有意に高くなる。
うちでは体操や英語教えるようなことは一切しません。
小学校上がる前の子供に習い事なんかやらせても百害あって一利なし。
それなのに、教育業界関係者は都合の良いデータだけ切り取って親を煽ろうとする。
少子化でしんどくなって、生き残りかけて必死にそういうことやってる。
因みに、この人は教育分野の研究者でもある人です。ただの幼稚園の先生ではありません。
自分としては、今まで生きてきた中でなんとなく感じてたことを根拠示しながら説明してくれた感じで、この人の説明は凄い刺さったというか、自分の考えに自信が持てました。
この説明は嫁さんにも刺さったみたいで、インターナショナルスクール通わせる選択肢がこれで完全に飛びました。
まぁ…結局はこの大学付属幼稚園も選択肢から外したんですけどね。
というのもですね…
そこは当然お受験があるんですが、現実問題として、お受験受かるためにスクール通わせて未就学児どころか未就園児を訓練してるケースが多いようで、そこがまず引っ掛かりました。
園の側としては何らかの基準で選抜せざるを得ないのは当然の話だし、その結果としてこれしないと受からないって現実は理解できるんですよ。
そこ理解した上で言うんですけど、それでもやっぱり、こんなのおかしくないですか?
説明会で園長何て言ってたの?って話で。
こんなの本末転倒だし、矛盾も甚だしいじゃないですか。
…私ども夫婦はここに強烈な違和感感じたんですよ。
さらに言えば、説明会来てる他の親見てると、「いかにも」な教育ママ・パパ的な人が多いように見えたし、なんか…圧が凄い…。
家庭環境は第二のカリキュラムなんて言われるし、子供同士、親同士の同調圧力もあるやろし、園の方針や考えには共感するけど、こんな状態で説明会で言ってた方針通りの教育なんて無理じゃないのか…?
…とも感じました。
そういう場の空気を感じ取ったのか?見学に連れて来てた子供が泣き出したのが最後の決定打になり、そこの幼稚園は候補から外したんですよね。
園そのものには罪ないと思うんで、そういう意味ではちょっと残念でした。
勉強&習い事完全排除も極端じゃないのか

一方で、習い事や勉強を完全に排除するのも極端ではないのか?と。
件の附属も方針通りだと全くやらんようだし、他のノビノビ系の園でも、平仮名や数字すら教えなかったりとか結構あるようで。
これはこれでどうなんかな…と違和感が…
嫁さんの通ってた保育所がこれで、本人曰く、
小学校入ったときは周りとの落差に絶望したな…。
ということらしい。
やっぱりそうか…と、ここは嫁さんの意見を参考にすることに。
そんな状態で小学校入ると、絶対に最初の出だしで劣等感持つやろし、そこで劣等感持っちゃうと勉強そのものを嫌いになりかねんしね。
まぁ、附属なら系列の小学校にエスカレーター式だから、トータルで責任取れるんかもだけど。
そんなこんなで、結局はオーソドックスなところが一番だねとなった次第。
あと、オーソドックスなところは通わせてる親や家庭の属性が偏りづらいのもいいところかもしれません。
エリートにありがちな
馬鹿やダメな人の生態を知らないまま育ってしまう
って話であったりとか、逆に、
凄い人がどれだけ凄いのか知らずに井の中の蛙になる
…みたいになるリスクが比較的小さいってのも利点なのかなと。
幼稚園選びから学んだこと
多すぎる選択肢が人を消耗させる

とりあえず、この幼稚園選びで凄い疲れました。
普通は選択肢に入らないような選択肢までみんな検討しましたからね。
だけど、結局選んだのは私の父親や叔母も通っていた、この地域のド定番幼稚園。
…もうね、徒労感が半端ないっすよ。。。
普通の家庭なら、有名大学の附属幼稚園やらインターナショナルスクールなんて、そもそも選択肢に入らないですからね。
「うちにはそんなとこ行くカネない!」
で終わり。
うちはなまじお金があるせいでそうはならず、結果的にしんどい思いをすることになりました。
夫婦喧嘩が勃発したこともあって、そのときは有名大附属幼稚園やらインターが通える場所に存在してること自体が迷惑に思えました。
「こんなのが近くにあるせいで、こんな思いしなきゃいけない。orz」
って。
中学以降の受験や学校選びで揉めたり悩んだりする話はよく聞くけど、まさか幼稚園選びで揉めるとは思ってなかったです。
「選択肢は多ければ多いほど良い」
と思ってる人が世間には多いようだけど、実際には選択肢が多すぎると人間の幸福度が下がることが科学的にも証明されてます。(「選択の科学」シーナ・アイエンガー著)
選択肢が多いと、
まず、
「どれを選ぶのか?」
って話で悩みや軋轢を生むし、
選択した後も何か嫌なことがあるたびに
「あのときああしておけば」
といちいち後悔しちゃいますからね。
タイムリーな話だと、今、選択的夫婦別姓に反対してる人が、色んな政治家や影響力あるコメンテーターに叩かれてます。
私はこの件に関しては賛成も反対もしませんが、反対してる人を叩いている人たちに決定的に抜け落ちてるのはこういう視点なんですよ。
反対派の人は結局、選択肢が増えて揉め事が増えることを心配したり嫌がったりしてるわけで。
いつの時代も、
争いごとのない世の中になるなら、多少の理不尽や不便は受け入れてもいい
というニーズはかなりあるし、かつてアジアで儒教が広まったのも、そういう背景があっての話。
賛否はあるにせよ、これはこれで真っ当な意見で、ひろゆきが言うような「訳の分からない理由」なんかではない。
反対派の人に問題があるとすれば、この理屈を上手く言語化して反論できていないことだと思います。
定番は定番であるだけの理由がある

これも再確認しました。
定番はみんなに選ばれるから定番なんです。
みんなに選ばれるのには、それ相応の理由があるんです。
だから、失敗したくないならとりあえず定番を選んでおくのが正解で、尖ったことや極端なことやるのはそれ相応のリスクがあるんだということ。
かき氷のシロップだと、最初とりあえずイチゴで食べてみるんだけど、やがてつまらなくなってメロンとかブルーハワイとか色々試していく。
でも結局イチゴが一番美味しいやん!となってイチゴに戻ってくる人が多い、あの感じですね。
たい焼きの中身だって、カスタードやらチョコやらと色々試すけど、最後には結局アンコに戻ってくる人が多い、あの感じ。
私の幼稚園選びもありとあらゆるものを本気で検討して、結局最後は何も考えずに入園決めてる家庭も多そうなド定番でした。
中には定番しか選択できないことに不安感じてる人もいるかもしれませんが、定番が定番であるが故の良さって世間で思われている以上にあると私は断言できます。
…という感じで、上の子はド定番ルートを歩み始めた次第ですが、これが吉と出るか凶と出るか…?