「21世紀の資本」を自分なりに解釈してみる…

お疲れ様です。窓際投資家です。

今日は日ごろから何となく思ってる戯言を記事にしていきたい。

家庭では忙しくても職場では暇なんで、色んな事頭の中で考える時間だけはあるんですよ。

少し前になるけど、フランスの経済学者、トマ・ピケティさんが書いた「21世紀の資本」という著書が話題になりました。

投資を志す人の間では有名過ぎる話ですが、この著書によれば、

主に産業革命以降、常に、

資本家の資本収益率>経済成長率

となっているとのこと。

要は資本家が常に優位な立場に立っていて、それ以外の人、主に労働者階級は常に不利な立場に立たされていると。

彼はこれを根拠に超富裕層への課税強化を訴えているわけです。

放置しとけばどんどん格差が広がって制御不能になるぞと。

ただ、この著書って過去のデータを徹底的に調べた上での経験則がベースになっていて、

そもそも、なぜこんな現象が起きるのか?

という部分については、若干踏み込みが甘いように思うんですよね。

私なんぞは、そこがどうも気になってしまって…。

私の疑問:資本家と労働者の立場は対等ではないのか?

青空と天秤

私の疑問の発端ってここなんですよ。

資本家と労働者の立場って本来対等で、原則論としては、どっちかが立場的に弱いってことはないはずなんですよ。

資本家が資本を提供しなければ、企業は生産活動を行えません。

「お金出したくない」って言う権利が資本家にはあります。

これと同じように、労働者が労働力を提供しなければ、やっぱり企業は生産活動を行えません。

「こんな条件で働けるか!」って言う権利が、やっぱり労働者にもあるからです。

それぞれ、企業側のネックを押さえてるわけですね。

仮に、ピケティさんが言うように、資本家ばかりが厚遇されて労働者が冷遇されるような話があるのだとしたら、

労働者は労働力の提供をやめる方向に動いていくだろうし、

多少無理してでも企業に出資して資本家になろうとする動きが広がるハズです。

そうなれば、労働者の希少性は上がり、待遇を改善しないと人が集まらなくなります。

逆に、資本家の代わりはいくらでもいるんで、資本家には塩対応しておいて、労働者への配分をその分厚くするはず。

こうやって「神の見えざる手」でバランスが取れて、理論上、どっちかが一方的に得するってのはないはずなんですよ。

少なくとも、理論上は…。

人間は労働者になりたがるが、資本家にはなりたがらない

面接に臨む学生

ということで、

なぜ資本家が優遇され続け、労働者が冷遇され続けるのか?

という問いに対しては…

働きたい人はいくらでもいるけど、資金提供してくれる人は少ない。

そして、それが常態化している。

…という話でしかありません。

ピケティさんは、資本家を優遇する政策が為政者によって取られがちであることも問題視しています。

こんなことやるから資本家ばかりが焼け太りする、という具合に。

だけど…それって資本家ばかりが得する理由になってなくない?

これだって結局は需給バランスが偏っていることで説明がついてしまう。

多くの場合、為政者だって資本家がいないと世の中回らないことを理解しているし、

資本家になってくれる人が少ないとなると、

優遇して資本家を増やすように政策誘導するのは当然の話ですからね。

政治・価値観・文化・教育の問題では説明がつかない

しかしね、こんな歪んだ状態が常態化してきたってのは凄い話だと思ってしまいます。

ある特定の時代や国でそうなっていた、というのなら理解できるんですが、それが産業革命以降ずっと変わらなかったってのがねぇ。

多種多様な価値観や文化が存在してきたわけだし、ありとあらゆる教育がなされてきたはずです。

ピケティさんの調査によると、それでも一貫してこの傾向は変わらなかった、とのこと。

これはめっちゃ重い現実として受け止めないといけませんね。

もうこれは、価値観、文化、教育、政治なんてものでは説明がつかない話じゃないのか??

まぁね、お金のない人は日々の生活で精一杯で、出資するためのお金を簡単には捻出できません。

だから、

「資本家になるって選択肢がそもそも存在しない」

ってなりがちなんは理解できます。

とは言え…少なくともこの数十年は100円からでも資本家になれる時代になってますが、この傾向はそう変わっていません。

(缶ジュース1本我慢したら資本家になれるんだぞ?)

また、19世紀であっても、ある程度知恵を使う必要はあったにせよ、

お金ないならないなりに資本家になる手段なんていくらでもあったと思うんだが…

(アナログでテクノロジーが未発達な分、むしろ現代より抜け穴多かった可能性さえありますよ?)

なぜこうも頑なに、人は働きたがるのに資本を提供したがらないのか?

…なんか、人間ってものの根源に関わる、かなり根深いものを感じます。

結論:人間の脳は貨幣経済や資本主義に対応してない

ここら辺を自分なりに考えてみたんだけど、結局、

社会の変化に人間の脳の進化が追い付いていないのではないか。

そのせいでバグが起きてるんじゃないか。

そういう結論に至ってます。

人類って類人猿から分岐して600万年ぐらいかけて進化してきて今があります。

それに対して、

貨幣が登場したのは3000年ぐらい前だと言われているし、

現代的な金融システムが登場したのはここ数百年の話。

農業や牧畜をするようになって余剰生産物を貯えるようになったことが、貨幣経済や資本主義が誕生する大きな契機になったわけですが、これですら1万年ぐらい前の話。

そして、これらはあくまでも最古の例であり、これらが行われるようになった時期にはかなり大きな地域差があります。

農業や貨幣や資本主義の付き合いは、総じて数百年から数千年ってところなわけですが、

これしきの時間で生物としての人間の形質なんか殆ど変わりません。

つまり、我々は、旧石器時代の狩猟・採集生活仕様の脳のままで、現代資本主義社会を生きていることになります。

旧石器時代には、農業や牧畜がありません。

未来の収穫のために、忍耐強く時間をかけて作物を育てる(⇒長期投資と同じ)という発想なんてありません。

出来上がった余剰生産物を計画的に貯える(=貯蓄)という概念もありません。

とにかく、今仕留められるものを仕留め、今採れるものを採り、食べられるときに腹いっぱい食べます。

金融システムどころか貨幣すら存在しません。

そこには投機的思考なんて存在しえないし、自分の資本を差し出して他人を働かせるなんて発想誰も持ちません。

健康な体こそが最大の資本で、体を張って周囲の人と助け合って狩猟や採集活動をこなしていく。

こんな環境や社会に脳が最適化されてたら、そりゃ…上手く資本主義や金融システムと付き合うことなんてできっこない。

現代人って、教育によって「資本家になる」という選択肢の存在を知識としては理解できていても、本能が拒絶しちゃってできないんじゃないかね?

そりゃ、ピケティさんが指摘したようなバグも起こってくるわけですよ。

私なんぞは、

お金の使い方が下手な人や、

スジの通らない投資行動を取る人を

散々馬鹿呼ばわりして、

感じの悪い記事を当ブログに投稿しつづけてきたクソ野郎です。

なぜこんな愚か者が、世間ではむしろ多数派なのか?

って、失望や絶望を感じることが多いっちゃ多いけど、この話もこの文脈で説明可能ですね。

そしてまた、ピケティさんも指摘してますが、馬鹿みたいに富って偏在化します。

これってさ、外れ値的に資本主義に対する適正を持つ人が一部いて、その人が適正ない多数派相手に無双してるんじゃないですかね?

スポーツの世界見てると分かりやすいけど、絶対王者が存在する時って、大体においてリーグのレベル自体が低くて選手層が薄いんです。

資本主義リーグも、全体のレベルが低くすぎて選手層が余りに薄いから、度を越した格差ができてしまうんだと思いますね。

資本家が美味しい思いしてるといっても、それは平均値としての話。

実態としては%オーダーの猛者が無双して平均値引き上げてるだけで、大半の資本家は美味しい思いなんかしてません。

株式投資を例に取ると、大多数の人は損失被って退場するというし、9割の市場参加者は市場平均のパフォーマンスさえ出せないようです。

要は、多くの人は資本家型の思考回路してないので、単純に資本家の側に回ればいいという話でもないんだよなぁ。

ピケティさんが指摘してる問題って、究極的には人間の脳が資本主義や貨幣経済に適応すれば全て解決する話じゃないのかと思うんです。

ただし、それには数万年かかってしまいそうですよと…。

★スポンサーリンク