思い出の街に出張

こんにちは、そしてこんばんは。窓際投資家です。

今日は外で研修。出張でした。

20代のころ勤めてた会社で初期配属された事業所がある街が会場でした。

そこには私が今住んでる家や実家からでも十分に通勤できますが、ドアtoドアで1時間以上かかるので生活圏とは言えません。

転職してからは、年に何度か用事があったり出張があったりで立ち寄るエリアです。

今日は、懐かしくて昼休みに駅前の商店街ウロウロ見てみたけど、いつ来ても、まだ20代前半だった頃を思い出すんだなぁ。

いつも飲み会やった場所

注がれる日本酒

当時は飲み会と言えば、この駅前の商店街のどこかで必ずやっていました。

忘年会、歓送迎会、同期会…全部です。

部署で飲み会やる時は部署の中で1番若い奴が幹事やらされるんですが、私は出欠の確認取って店予約して、当日司会して酒注いで…というのが大の苦手で、飲み会やる度に醜態を晒していました。

特に、当日に周りに気を利かせながら仕切るというのがどうしてもできません。酒注いで、皿下げて、上をヨイショして、司会で気の利いたコメントして最後は一本締め。これ、今でも無理。ゼッタイ。

当時もずっとアウアウ言ってました。

こんな調子だから、飲み会行くたびに

あいつすげーわ

あいつヤバいわ

って噂が社内に流れました。

よく、飲み会嫌な人がそれでも我慢して参加する理由として

仕事の一部だし、参加しないと仕事に影響しかねないから…

…という理由を挙げています。

分かります。確かにそうですね。

だけどこれは、飲み会行って少なくとも人並みの振る舞いができて、参加者に悪印象与えない人の話ですよね。

私のように、自分の悪評ばら撒く結果にしかならない人にはこの理屈当てはまりません。

新卒の時にパワハラしてきた上司なんかは、飲み屋では「無礼講だ」って言ってる癖に、飲み会の翌日は私を呼び出して「あれは何のマネだ!?」といつも長時間の説教です。

おいおい…無礼講じゃないのかよ?まあ、いつもアウアウ言ってて全く進歩がない私も悪いんだけどさ。

そして、この上司じゃなかったとしても、飲み会ってみんなバカみたいに酔っぱらって盛り上がっている癖に、実は他人のこと非常によく観察していて、誰がどんなこと言っていたとか、あの人は仕事離れたら別な一面があるとか、飲み会で収集した情報は各個人の仕事用データベースにしっかり保存されているものなんですよね。

あー怖い。

そんな環境で、自分が最も苦手とすることを衆人環視のもとやらされる…これが嫌で仕方がなかったし、何より、自分のためになってるのかも疑問で仕方がなかったです。

これについて両親と話すると…

こうして、飲み会あった日は夜遅く、メンタルがズタズタになって帰宅します。

そして、上記のような話を両親によくしてました。もうこんなの二度と行きたくない。次から断ろうかと。

そしたら、父親から言われた言葉が大体いつもこれでした。

「そうやって、幼稚園の頃から人付き合いを避け続けて来たからこんな状態になったんやろ?ここで逃げたらもっと酷いことになる。」

そして、母親はずっと専業主婦だったせいで良く分からないと言って引っ込む。

…これ、どうなんだろう?

言ってることの是非はともかく、傷口に塩刷り込まれたような気持になったことは言うまでもありません。

あとね、確かに、究極的には努力すれば何でもできます。

だけど、まず、時間も労力も有限だし、努力には精神的な負担も伴います。

そして、持って生まれたものは変わらないし、特に性格的な部分は後天的要素も物心付く前の乳幼児期の影響が大きく、本人の努力でどうにかできる余地って案外小さい。

そんなベースがガタガタのとこで頑張っても、結果出すのには他人の何倍も努力が必要です。

何倍も努力して結果出ても、それ以上のもの失いかねないし、他のとこで頑張ってればもっと成果簡単に出ました…となると、その機会損失の問題だってあるはず。

何より、こんな体たらくでは行って楽しい訳なんかなくて、ひたすら辛い。

という話をいつもしていたけど、いつも話は平行線でした。

昭和型企業戦士の生態

かなり話がそれてしまうけど、いい機会なので、ここでうちの父親の話を少ししておきたいと思います。

父親の全人格を否定するつもりはありません。少なくとも、世間的に見れば私よりも人としてはマトモな人だし、サラリーマンとしては明らかにできる人だったし、何より働き者です。

人の親としても、やや過保護気味でヘリコプターペアレント気味ではあったけど、毒親って言えるレベルには程遠い。

ただ、??って思える部分が結構あるのも確かなんです。

「FIREしたい」って言うと嫌な顔される

私の早期リタイア計画についても、「自分の人生だから好きにしたら良い」とは言うものの、「あーっ、やっぱり駄目なのか〜」って、話するたびに顔が曇ります。

息子に「普通のサラリーマン」が務まらないってのが残念でならないらしい。

誰かの脛かじらずに自立してるなら、別に良いんじゃないの?

ダメリを目の敵にする

今も再雇用で働いてるけど、やる気ないダメリは目障り、消えて欲しい、邪魔だ…そんな言葉もしょっちゅう聞く。

自分の能力や適正、会社や社会の制度的なものも含め、与えられた条件の中で自分にとっての利益を最大化するのは当然の話じゃないの?デキリにとって不快なのは理解できるけど、その不満はそんな環境・仕組みを放置してる会社の幹部に向けるべきものじゃないの?

働かずにお金稼ぐことを否定する

投資やってることについても、「楽して手に入れた金は身につかない」と言っていつも良い顔されません。

逆に、楽してお金手に入れる方法分かってるマネーリテラシーの高い人は、お金の守り方も良く知っていると思うんだけど。

※私のマネーリテラシーは銀行員だった祖父譲りです。

「良い人」で「まじめな人」故に搾取された

  • 働いて会社や同僚から認められることが喜び
  • 努力して成果出すことが尊い

言ってみたら、こんな感じの価値観の持ち主です。

別に立派なものなんですが、これだから根性論、精神論がやたらと多いのです。悪く言うと、こんな感じだな。

  • 正攻法で攻めることしか頭にない
  • 自分にとっての損得を考えない

こういう人って、他人が作った搾取システムの上で体よく転がされるだけの人生になりがちですよね。

企業戦士と言えば聞こえは良いけど、今風に言ってしまえば完全に「社畜」です。

詳細はまた記事にしたいと思うけど、現にそんな父親はサラリーマン人生をブラック企業に捧げ、良いように搾取されて終わっちまった人なんです。

私が若くしてFIRE目指すようになったのも、自分にリーマン適正が丸っきりなかったってのもあるけど、この父親の存在も大きい。

会社からは何の見返りもないのに、ずっと「周りの人に迷惑かけたくない」って言い続け、安い給料で身を粉にしながら働いている様子が、大学生ぐらいになってくると異常なものに見えてきてしまったんですよね。

実際、異常だったと思うのだけど…。

あんな人生送りたくないって反面教師にしてしまったんですよね。

まとめ

少し話が脱線してしまいました…。

まあ、なんだかんだで今日は楽しかったです。

今日うろうろした駅前の商店街には、ハッキリ言って、飲み会嫌いな私には良い思い出なんかほとんどありません。

だけど、不思議なもので、10年ちょっと月日が流れるとやけに懐かしいんですよね。

上記の話もそうだし、あのお店同期のみんなで行ったよな…あの時二次会のカラオケ行かされてマジで最悪だったな…なんて話も、今思い出すと嫌な思い出のハズなんだけど、どこか美化された思い出になってるから本当に不思議です。

私には青春などなかったハズなんですがね。

学生時代は、受験に失敗して大学入ったせいで「周りと一緒にされたくない」って拗ねて引きこもったまま終わったようなもんだったし、就職したら就職したで人付き合いに難があるキャラを晒して爆死。

これから自分がどうなっていくのか不安で、10~20代当時はいつも「4にたい」とか「消えたい」とか思ってましたね。別に日常生活に支障はなかったのでメンタル病んでた訳じゃなかった感じですけどね。

過去が酷すぎるってのもあるけど、30代に突入して経済的独立を半分達成できた今が人生で一番楽しい。これからどうなるのか分かりませんがね。

思い出が美化されてるのもお金の力なのかも知れません。お金って大切ですね。

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